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居住用の建物賃貸借契約を締結するときに注意すること

涼風法律事務所 弁護士 熊谷 則一

1はじめに

民法という法律が改正され、2022年(令和4年)4月1日から、成年年齢が18歳に引き下げられました。つまり、高校生であっても、18歳の誕生日を迎えた時から、様々な取引の場面で成人として扱われることになります。

したがって、例えば、高校在学中であっても、18歳になってしまうと、就職や進学で親元を離れるために建物の賃貸借契約を締結する場合に、その高校生は成人として契約締結に臨まなければならないということになります。未成年者が親の同意無く契約を締結しても、後になってからその契約を取り消すことができるのですが、成人になってしまうと、そのような取消しはできなくなります。「まだ高校生だから」という言い訳は、取引の世界では通用しません。

住まいは、安全で快適な住生活を営む上で不可欠なものです。高校生であっても、建物の賃貸借契約についての基礎的な知識を身に付けて、トラブルに巻き込まれないようにする必要があります。以下、居住を目的として建物の賃貸借契約を締結する場面を想定して、賃貸借契約を締結するときに注意すべきことを簡単に見ていきます。

2まずは物件探索

建物を借りる場合、まずは賃貸借契約の対象となる物件を探すところから始まります。希望の広さや設備、どの駅の近くにするのか、駅からの距離はどのくらいまで許容するのかなどを考えながら、物件を探します。建物の賃貸借契約は、長期間(例えば2年間など)継続する契約であり、例えば、月額10万円の賃料であっても、2年間で支払う金額は240万円にも及びます。高い買物であるという意識をもって、物件を探す必要があります。

建物の賃貸物件の情報は、インターネット(以下、単に「ネット」といいます。)を利用して探すこともできます。ネットの情報を見ることによって、建物の場所や広さと賃料の関係などの「相場」を大まかに把握することができます。

もっとも、ネットで分かるのは、あくまでも「情報」であって、借りようとする建物そのものではありません。自分が希望する条件に合致しているかは、実際に下見をして判断する必要があります。ネットで候補を見つけたら、不動産業者(宅地建物取引業者)に連絡をして、その物件を下見するようにしてください。インターネット環境など、下見をして初めて分かることもあります。また、周辺環境は曜日や時間帯を変えて下見することも重要です。例えば、実は夜になるとカラオケの音が聞こえてきてうるさいとか、反対に人通りが全くなくなって一人歩きをするには注意が必要であるとか、トラブル予防には下見は必須といえます。

3賃貸借契約の締結

(1)物件の申込み

希望の条件に合う建物があった場合、不動産業者を通じて申込書を賃貸人に交付するのが一般的です。申込みに合わせて、数万円〜1カ月分の賃料程度の「申込証拠金」の支払いを求められることもあります。ただし、これは、そのまま賃貸借契約が成立した場合には様々な費用に充当されることが予定される金銭を預けるものであって、賃貸借契約が成立する前に契約を締結することを辞めた場合には、返還される金銭です。返還を拒む不動産業者は、宅地建物取引業法違反です。

(2)重要事項説明

建物に関する様々な法律関係や、契約内容については、契約締結前に十分に理解して契約しなければ、その建物で生活を始めてから思わぬ損害を被ることになりかねません。実はその建物は、耐震診断の結果、大規模な地震の場合には倒壊の危険があるというのであれば、そのことを知った上で契約を締結するか否かを判断したいはずです。期間満了後に更新が認められる契約なのか、期間満了で更新が認められない定期建物賃貸借契約という特殊な契約なのかということも、契約締結の判断に重要な事項です。

そこで、宅地建物取引業法という法律は、建物に関する重要な事項を法律で定め、建物の仲介を行う不動産業者に対し、借りようとしている者に対して、書面を交付して説明することを義務付けています(宅地建物取引業法35条1項)。この説明は、宅地建物取引士という国家資格を持っている者が行わなければなりません。重要事項説明では、「借りることになる物件に直接関係する事項」と「取引条件に関する事項」とが説明されます。

借りることになる物件に直接関係する事項

ここでは、飲用水・電気・ガスの供給施設や、排水施設の整備状況、建物にどのような設備(台所、便所、浴室、給湯設備、ガスコンロ、冷暖房など)があるのかが説明されます。住まいの快適さに関係するので、しっかりと確認する必要があります。また、その建物が土砂災害警戒区域にあるのか、アスベスト調査をしたことがあるのか、耐震診断を行っているのかということ等も説明されます。

取引条件に関する事項

「取引条件に関する事項」は、締結する賃貸借契約の内容として重要な事項であり、きちんと理解した上で契約を締結するよう、事前に宅地建物取引士が説明することとされています。中でも、以下の点についてはしっかりと理解しておきましょう。

賃料以外に授受される金銭

賃貸借契約では、賃料以外にも様々な金銭の支払いが必要になることがあります。

共益費や管理費
階段やエレベーターなど共用部分の電気代や清掃などの維持管理のための費用。賃料と共に毎月支払うことになる金銭。
敷金
例えば賃借人が賃料を滞納していつまでも支払わないような場合に備えて、予め賃借人が賃貸人に預けておく金銭。滞納などの未払金がなければ、退去するときに返還される。月額賃料の数カ月分を賃貸借契約締結時に支払う。
礼金
賃借人が賃貸人にお礼の意味で支払う金銭。
契約の解除に関する事項

例えば、契約期間2年の賃貸借契約の場合、期間の途中で契約を解除することができるという規定がなければ、自分の都合で契約を解除することはできず、賃料を払い続けなければなりません。

したがって、期間の途中で解除することができる規定はあるのか、解除することができるとして、契約終了の何カ月前までに通知をしなければならないのか、ということを確認することが重要です。

契約期間及び更新に関する事項

契約期間を認識することは重要です。

さらに、更新(同一の内容で契約を続けること)ができるかということを確認することも重要です。

建物の賃貸借契約には、「普通建物賃貸借契約」といって、契約期間が満了しても、賃貸人側に当該建物を使用する正当な事由がない限り更新が認められる契約と、「定期建物賃貸借契約」といって、更新がなく、期間満了で契約は当然に終了してしまい、賃貸人と合意しない限り再契約できない契約とがあります。賃貸借契約がいずれの契約なのかを確認することが重要です。また、普通建物賃貸借契約では、更新にあたって、「更新料」という金銭(例えば、賃料の1カ月分など)を支払うことが必要になる場合もあるので、その確認も重要です。

用途その他利用の制限に関する事項

建物によってはペットの飼育が禁止されていたり、ピアノなどの音の出る楽器を使用する時間が制限されていたり、使用細則などで利用が制限されることがあります。これらについても重要事項説明の対象とされているので、契約締結前に確認しておく必要があります。

敷金の精算に関する事項

賃貸借契約が終了して退去する時に賃借人の未払金がなければ、賃貸人から賃借人に敷金の全額が返還されます。しかし、滞納家賃や賃借人が負担しなければならない修繕費用を支払っていないなどの未払金があれば、その金額が差し引かれて返還されることになります。重要事項説明では、敷金の精算に関する事項が説明されます。さらに、原状回復費用に関して、特別な費用を敷金から差し引く場合も、敷金の精算に関する事項として、重要事項説明の対象です。「原状回復」については、後でもう少し詳しく説明します。

重要事項説明書への署名・押印

仲介を行う不動産業者から重要事項説明を受けると、その不動産業者から重要事項説明書に署名・押印をすることが求められます。内容を理解して、納得できたら、署名・押印してください。署名・押印すると、後になってから、重要事項説明の内容を知らなかったと主張することは難しくなりますから、慎重にする必要があります。

(3)賃貸借契約の締結

重要事項説明を受けた後には、賃貸借契約書に署名・押印して、賃貸借契約を締結することになります。契約書には、重要事項説明の対象となっていない細かい事項(例えば、賃料の支払時期や、電球の取り替えルールなど)も記載されているので、その内容も確認しましょう。

賃貸借契約書に署名・押印するということは、賃貸借契約書に記載された内容を理解して「借ります」という意思表示をしたことになります。あとは、賃貸人が契約書に署名・押印すれば、賃貸借契約は成立することになるので、安易に署名・押印してはいけません。不明な点は確認した上で、署名・押印してください。

また、入居前から壁紙や床に汚れや傷がある場合には、後で説明する原状回復義務に関係するので、記録に残しておきましょう。

(4)賃貸借契約以外の契約

賃貸借契約以外に、例えば、賃借人が賃料を滞納した場合や賃借人が建物を壊してしまって修繕費用を支払わない場合に備えて、保証人がその費用を支払うという連帯保証契約が必要になるのが一般的です。家族や知人が連帯保証人として保証契約を締結しなければなりませんから、予め保証人となる人にお願いをする必要があります。

また、保証人ではなく、保証会社の保証が必要であるとして、賃借人が保証会社との間で保証委託契約(保証をお願いするための契約)を締結しなければならないこともあります。この場合、賃借人自身が契約書に署名・押印し、保証委託料という金銭を支払うことになります。

さらに、賃貸借契約に当たり、賃借人が水を出しっぱなしにする浸水被害や火災などを発生させる場合に備えて、火災保険等の損害保険契約を締結することが求められることもあります。損害保険契約を締結した場合には、保険料の支払いも必要になります。

(5)仲介手数料の支払い

賃貸借契約書に署名・押印すると、仲介を行った不動産業者からは、仲介手数料を請求されます。居住用の建物の仲介の場合、仲介手数料は賃料の0.5カ月分+消費税が原則です。ただし、仲介を依頼した際に、仲介手数料を賃料の1カ月分+消費税とすることを承諾していた場合には、その金額を支払うことになります。

結局、賃貸借契約を締結した場合には、通常、1カ月分の家賃、1カ月分の共益費・管理費、礼金、敷金(これらは賃貸人に対して支払う。)、仲介手数料(不動産業者に対して支払う。)、保証委託料(保証会社に保証を委託する場合)及び保険料(損害保険契約を締結する場合)を支払う必要があります。

4原状回復義務について

(1)原状回復義務の内容

借りている建物は、賃借人の所有物ではありません。賃借人は、建物の利用を認められた者として十分に注意をして建物を使用しなければなりません(このような注意義務を「善管注意義務」といいます。)。賃貸借契約が終了して建物を賃貸人に返還する場合には、原状に戻して返還しなければなりません。これを原状回復義務といいます。

賃貸借契約終了の場面では、原状回復義務をめぐってしばしばトラブルが発生するので、原状回復義務についての知識を持っておくことも重要です。

まず、しばしば誤解されますが、原状回復義務というのは、借りていた建物を借りた当初の状態に戻すことではありません。建物は、普通に生活していても自然に劣化していき、自然の劣化や通常の使用で発生する損耗の修繕費用は賃料に含まれているというのが最高裁判所の判例です。したがって、通常の使用によって生じた建物の損耗や経年劣化以外の損傷、すなわち、善管注意義務に違反するような損傷を元に戻すことが原状回復義務の内容です。壁紙が日焼けで劣化していたとしても、それは通常の使用によって生じた劣化ですし、入居前からある損傷も、賃借人が修繕費用を負担する必要はありません。壁紙を破ったり、いたずら書きをしたりした場合には、賃借人が原状回復のために費用を負担する必要があります。

通常損耗や経年劣化であるかの判断の参考となる資料として、国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」、東京都が公表している「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」があるので、是非、参考にしてみてください。

(2)原状回復義務の特約

通常損耗や経年劣化は原状回復義務の対象ではないので、これらの修繕費用を賃借人が負担する必要はない、というのが原則です。しかし、賃貸借契約の中で、賃貸人と賃借人とで、通常損耗や経年劣化による損傷の修繕費用を賃借人が負担するという特別の合意(これを「特約」といいます。)をすることも認められています。もちろん、あまりにもひどい特約は無効になりますが、そうでない限り、特約は有効ですから、契約締結前に、特約の内容に十分注意する必要があります。

仲介する不動産業者が行う重要事項説明の中で、敷金の精算に関する事項としてこの特約についても説明されるので、注意をして説明を受けてください。

(3)東京ルール

東京都は、都内にある居住用の建物賃貸借契約に関して、仲介や代理を行う不動産業者に対して、原状回復や入居中の修繕について書面で説明しなければならないとする、いわゆる「東京ルール」を定めています。

原状回復義務の関係では、以下の内容を書面で説明しなければなりません。

賃貸住宅トラブル防止ガイドライン第4版(東京都)から抜粋

1 費用負担の一般原則について
  1. (1)経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の復旧については、賃貸人の費用負担で行い、賃借人はその費用を負担しないとされていること。
  2. (2)賃借人の故意・過失や通常の使用方法に反する使用など賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗等があれば、賃借人は、その復旧費用を負担するとされていること。
2 例外としての特約について

賃貸人と賃借人は、両者の合意により、退去時における住宅の損耗等の復旧について、一般原則とは異なる特約を定めることができるとされていること。
ただし、特約は全て認められる訳ではなく、内容によっては無効とされることがあること。

そして、その上で、特約の具体的内容を書面で説明します。

これらの内容は、原状回復費用を巡るトラブルを予防するために重要なものだといえます。

5生徒のみなさんへ

成人になるということは、多くの責任を伴うことです。契約を締結した場合には、契約に基づく様々な権利を獲得しますが、契約に基づく義務も負担します。だからこそ、契約に関する知識を身に付け、契約内容を吟味して契約を締結するという考え方をするようにしてください。

他方で、もし、契約に関して納得ができないことが生じたり、思わぬ被害に遭ったりした場合には、一人で悩まないでください。消費者を保護するための法律もあり、救済の方法があることも多々あります。契約で定めた特約が無効になることもあります。

困ったときには、しかるべき公的な機関に相談できるようになることも、成人として重要なことだということを、トラブル予防の知識とともに、認識するようにしてください。