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消費者被害の防止に向けた特定商取引法・預託法の改正

弁護士 池本誠司

1はじめに

2021年6月、「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」という名称で、特定商取引法と預託法の改正が行われました。今回の法改正のうち、インターネット取引における定期購入被害、注文を受けない送り付け商法被害、現物まがい商法(販売預託商法)被害に対する規制のほか、書面交付義務の電子化という改正事項が追加されたことについて説明します。

これらの改正事項は、消費者にとって影響の大きい内容であり、特に取引のデジタル化の流れの中で若者の消費者被害を防止するためしっかりと理解を深める必要があります。

2法改正に至った被害事例

(1)定期購入被害

インターネット通信販売における詐欺的な広告表示による定期購入被害が激増しています。例えば、健康食品や化粧品の広告画面に、「初回限定 お試しコース1カ月分300円」という格安の条件が強調されているので注文したら、実は数カ月分を通常価格で継続購入する条件付きだったというトラブルです。契約内容が、スマートフォンやパソコン画面では、スクロールして離れた場所や小さな文字で記載してあるため、多くの消費者が有利な表示に目を奪われて見落としやすいことに付け込んだ悪質商法です。

類似の手口として、「解約保証」「いつでも解約可能」と表示してあるので、とりあえず1カ月だけ試してみようと思って契約したが、実は解約には厳しい条件が付されていたというトラブルです。これも離れた場所や小さな文字で、解約条件が記載されているという手口です。

全国の消費生活センターに寄せられた定期購入の相談件数が、2016年度の13,673件から2020年度には59,172件に激増しました。

(2)送り付け商法被害

消費者からの注文がないのに、事業者が一方的に商品を送り付けて購入するように要請する販売手法です。ボランティア支援と称して送り付けるケースや、冷凍魚介類を送り付けるケースなど、消費者が断りにくい口実や返送の手間がかかる手口が繰り返されています。

法律的には、注文していない限り買取り義務も返送義務もありません。しかし、消費者は買い取るほかないと誤解して代金を支払うケースがあります。また、良く分からないで使用したり廃棄処分したりすると、事業者から所有権侵害だと言って損害賠償請求を受けるおそれもあるなど、迷惑千万な商法です。

(3)販売預託商法被害

販売預託商法(現物まがい商法)とは、商品を販売したうえで事業者がこれを預かって運用し、高利回りの利益を配当するという仕組みの取引ですが、実際には取引高に見合う商品を保管も運用もしていないという詐欺商法です。

1985年に破綻した豊田商事事件(被害者約29,000人・被害額約2,000億円)をはじめ、健康食品の八葉物流事件(約40,000人・約500億円)、和牛預託商法の安愚楽牧場事件(約73,000人・約4,200億円)、健康器具のジャパンライフ事件(約7,000人・約2,000億円)など、大規模被害が繰り返されています。

3法改正の概要と今後の課題

(1)通信販売の申込画面の規制強化

改正法は、販売業者が定めた様式の申込書やネット上の申込画面により通信販売の申込みを行う場合(以下「特定申込画面」という)、①代金額・数量・支払い時期・契約解除の可否条件を表示する義務、②特定申込画面において消費者を誤認させる表示の禁止、③これらに違反した特定申込画面の表示は行政処分のほかに刑事罰則の対象とし、④これによって誤認して契約した消費者には取消権を付与して救済を可能としました。

こうした規制強化によって悪質な定期購入商法が減少することが期待されます。しかし、インターネット上の広告画面や申込画面は、見える範囲外にスクロールすると離れた場所や小さな文字で一応は表示があるため、悪質業者は法律違反ではないと言い張るのです。消費者庁は、通信販売における申込画面の表示についてガイドラインを定めて、不適正な表示の目安を示していますが、悪質業者は消費者を誤認させる巧妙な表示方法を繰り返すため、悪質な手口はすぐには解消されないと思われます。

(2)送り付け商法の民事ルール強化

改正前の特定商取引法では、送り付け商法に対しては、消費者が商品を受領した後14日経過すると事業者の返還請求権が失われる、という規定がありました。しかし、逆に言うと、消費者は、買取義務も返送義務もありませんが、14日間は保管しておかなければ責任を負う可能性があり、消費者の保護として不十分でした。

改正法は、注文もないのに商品を送り付けて購入を求める行為に対して、消費者が商品を受け取ると同時に事業者は商品の返還請求権を失うと定めました。事業者が商品の返還請求権を失うとは、消費者が商品を受け取った後すぐに使用・処分しても代金支払い義務は発生しないという意味です。仮に消費者が誤解して代金を支払ったとしても、事業者が代金を受け取る権利がないので、消費者は代金の返還を請求できます。

こうして、消費者保護の効果を高めました。しかし、このようなルールとなったことを消費者が知らなければ、不満な気持ちのままあきらめてしまうおそれがあります。改正法の新しいルールを消費者に周知することが重要です。

なお、「注文していない商品が届いた」と感じたときには、送り付け商法かどうかを冷静に見極めることが大切です。例えば、家族や知人がプレゼントしてくれたものではないか、配送業者の誤配送ではないか(送り状の名宛人は自分か)、通信販売の利用経験がある消費者は自分や家族が以前に注文したことを忘れていないかなどです。荷物の包装を開けてみて送り状に購入を求める記載があるかどうかを確認することで判別する方法もあります(包装を開けただけでは買い取ったことにはなりません)。判別がつかない場合は、消費生活センターに相談することが適切です。

(3)販売預託取引の原則禁止

現行の預託法は、前述のような販売預託商法に対して、書面交付義務、クーリング・オフ、勧誘行為規制など、訪問販売等と同程度の規制しかなかったため、不十分であると指摘されてきました。

改正法は、商品を販売してそれを3カ月以上預かって利益を提供するという販売預託取引については、①事前に消費者庁の確認手続(商品の価格・保管方法・運用計画等の審査)を受ける必要があり、かつ②個別の契約についても事前に消費者庁の確認手続(その契約者に適合した金額・内容等の審査)を受ける必要があります。③事前確認手続を受けないで広告・販売をする行為や契約を締結したときは、刑事罰則の対象となり、かつ締結した契約は無効とされます。

事前確認手続が極めて厳格な審査手続であるうえ、違反に対する規制も大変厳しくなったため、今後は正面から「販売預託取引」であるという商法は登場する可能性が低いと思われます。しかし、悪質業者は、契約の仕組みや呼び方を少し変えて、販売預託取引ではなく新たな取引であると称して展開する可能性は残ります。実質的に見て、商品を販売しこれを預かって運用し利益を配当するという仕組みの取引については、消費生活センターに関係資料を持ち込んで相談することが大切です。相談することで行政がその事業者の事業活動を把握し、新たな被害防止にも繋がります。

(4)書面交付義務の電子化

政府のデジタル社会の推進の政策方針の下で、各分野の民間取引における書面の作成・交付義務を電子データに変更できるとする議論が広がりました。手続の迅速化が当事者双方にとって有益な取引場面であればよいのですが、訪問販売やマルチ商法など特定商取引法の適用分野では、書面交付義務の意義を尊重する必要があります。訪問販売のように不意打ち的な勧誘で即断を迫られたり、マルチ商法のように儲け話を強調して内容を理解しないまま契約に至るトラブルが多発する分野では、契約書面を交付して正確な契約内容とクーリング・オフ制度を消費者に知らせ、冷静になって契約を止めるか否かを考え直す機会を与える消費者保護の意義があります。

改正法は、契約書面等の交付義務が規定されている各取引類型(訪問販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引・業務提供誘引販売取引・特定継続的役務提供・訪問購入です。通信販売には契約書面の交付義務はありません)について、販売業者は、契約書面の交付に代えて、申込者の承諾(政令で定める)を得て、電磁的方法(省令で定める)により提供することができると規定しています。

書面交付義務を一律に電磁的方法に変更できるのではなく、消費者の承諾を得ることが条件となっているので消費者に不利ではないというのが政府の説明です。しかし、不意打ち的な勧誘や儲け話の勧誘で不本意な契約を承諾しがちな取引類型ですから、書面の電子化について消費者の承諾を得ても、被害防止の歯止めになりません。

また、詳しい契約条項が手のひらサイズのスマートフォンに届いても、契約内容を読み取ったりクーリング・オフの存在に気づく可能性は、書面交付の場合以上に難しいでしょうから、電子データでは消費者保護機能が低下します。高齢者が悪質業者の被害に遭った場合に、周囲の家族や見守り関係者が契約書を見つけて被害救済に結びつけようとする「高齢者見守りネットワーク」の取組も、契約書面が電子データとなれば発見は不可能となります。

書面の電子化の「政令・省令」の規定のあり方については、現在、消費者代表・事業者代表・学識経験者等による検討会において検討を進めているところです。電子交付の承諾を得るに当たっては、電子データが契約内容を記載した書面に代わる重要なものであり、電子データが届いた日がクーリング・オフの起算日になることを明確に説明・表示することなど、消費者が真意に基づいて電子化を承諾できるような条件を政令に定めることを巡って議論しています。また、電子データを提供するに当たっては、電子メールに契約条項のPDFファイルを添付するだけでなく、電子メール本文に商品名、代金額、数量、クーリング・オフを表示することなど、書面交付義務の消費者保護機能を低下させないような省令を定めることを議論しています。

(5)クーリング・オフ通知の電子化

販売業者の書面交付義務の電子化の派生的な論点として、消費者のクーリング・オフ通知についても電子データやFAXで送信することを認めることが法改正事項となりました。この点は消費者に有利な改正です。

訪問販売や連鎖販売取引など不本意な契約の締結になりがちな取引類型については、契約書面受領後8日間(連鎖販売取引は20日間)は無理由かつ無条件で契約を解除できるクーリング・オフ制度があります。クーリング・オフの通知は「書面」で行うことが規定されていますが、今回の改正法において、「書面または電磁的記録」により通知することができると規定されました。

契約解除の通知書を書いて、封筒と切手を買って、簡易書留郵便で発送することは、手間がかかる作業ですが、電子メールやFAXで発信することが認められることにより、不本意な契約からの救済がしやすくなります。2022年6月1日施行ですので、施行日以降に締結した契約について適用されます。この点は消費者にしっかりと周知することにより、活用することが望まれます。

電磁的記録とは、電子メールやFAXの送信のほか、SNSによるメッセージの送信や、事業者のホームページにクーリング・オフ受付画面があればそれも含まれます。ただし、クーリング・オフ通知を発信した記録が消費者の手元にも保存されていることが重要です。SNSや事業者のサイトの受付画面を利用する場合は、時間の経過や事業者の操作により記録が消滅する可能性もあるので、スクリーンショットで記録を保存することが大切です。

(6)改正法の施行時期

改正法は、①送り付け商法の規定は2021年7月6日にすでに施行(適用開始)されており、②書面の電子化の規定は法改正から2年後(2023年6月頃)に施行予定で、③その他の規定は2022年6月1日に施行予定です。

4生徒に伝えたいこと

① デジタル時代の契約

スマートフォンの爆発的な普及によりインターネット取引が急速に拡大したことに伴い、インターネット取引に伴う消費者被害が急増しています。対面で商品を受け取って代金を支払う契約から、クリックボタンとキャッシュレス決済により契約が成立する仕組みをしっかりと理解することが重要です。

② ネット上の契約条項

通信販売には契約書面交付義務もクーリング・オフ制度もありません。広告画面や申込画面の記載をしっかりと読みとって契約内容・条件を理解すること、契約条件の画面を自分で保存しておき、後でいつでも確認できる状態にしておくことが重要です。自ら署名捺印した契約書が重要なものであることは一般に知られていますが、スマートフォンに届く電子データや事業者のサイトに設定したマイアカウントに掲載された規約も書面に代わる重要なものであるという理解が大切です。

クレジット契約の分野では書面の電子化が既に進んでいますが、毎月の支払明細をきちんと確認していなかったために預金残高不足で滞納になったり利用停止となるというトラブルもあります。

③ 悪質商法を防ぐ行動

消費生活センターに寄せられた相談情報は、相談者の個人情報を除外して全国で集約され(PIO-NET)、トラブル防止の注意喚起情報や悪質業者の取り締まりの端緒として活用されています。不本意な契約を締結してしまった場合、自分がうかつだったと反省するだけでなく、同種被害の拡大を食い止めるためにも消費生活センターに相談する行動が必要です。被害に遭わない消費者教育から、自ら学び行動し周囲に発信する消費者教育へと、展開することが求められます。