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読者レポート

3Dプリンタが拓く未来

読者委員 谷本 綾乃(たにもと あやの)

 3Dプリンタが「ものづくりを根本的に変える」と話題になってから数年経ちますが、身近なところで3Dプリンタを見かけることは、ほとんどありません。実際にどのようなものが作られ、活用されているのでしょうか? 3Dプリンタ技術の現状と未来について、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科准教授の梅津信二郎先生に伺いました。

3Dプリンタとは

 「3Dプリンタ」とは、三次元=立体的なものを作製する機器です。従来のプリンタは、紙などの平面にインクを噴射して印刷しますが、3Dプリンタは、空間に樹脂や金属などを何層にも積み重ねて、立体造形物を作ります。設計はパソコンソフトがあればそれほど難しくありません。
 3Dプリンタ技術は昭和55年に日本で開発され、最初はラピッドプロトタイピング(=素早く試作品を作製する)という名前でした。開発過程で名称が「3Dプリンタ」と変わったことで、3Dの立体構造物を作るイメージが一般に浸透し、市場が一気に広がり始めたそうです。

3Dプリントの作成過程 3Dプリンタでの作り始め → 6分経過立体的になってくる → 55分経過 リスの形に完成

3Dプリンタで作られているもの

 現在3Dプリンタを利用して個人向けに作製されているものでは、フィギュアのようなプラスチック製品が代表的です。
 工業製品では、金属を使った複雑な造形物作製などに利用されています。習熟した職人の技術に頼らずに、複雑かつ高機能な形のものを再現できることが強みとなっています。
 また「3Dフードプリント」という、チョコレートや飴を材料に、立体文字や細工を施す技術が、実現化されつつあります。これまでは熟練したパティシエにしかできなかった芸術的な飾りつけや成形の菓子食品が、3Dプリンタによって量産できる日がくるかもしれません。

一般家庭普及への課題

 3Dプリンタが一般家庭にまだ普及していない理由は、二つあると考えられます。
 一つは、価格の問題です。最近では数万円のものも出てきましたが、数十万円程度まで幅広く、一般家庭に普及するにはまだ高価な域を出ていません。
 もう一つは、樹脂や金属を積み上げる作製方法による、「積層痕(せきそうこん)」(※写真参照)の問題です。溶かされた素材を積み上げていくために、でこぼこした痕(あと)が表面に残り、すべすべした触感でないことが、イメージしたものを作れない、という幻滅を招いた感があります。
 そこで梅津研究室(以下「研究室」)では、今後、手軽に表面がきれいで質の高い造形物を作れるようになれば、用途が広がると見込んで、表面を滑らかにする技術「三次元化学溶解仕上げ」を開発中です。

再生医療や臓器作製への貢献

 「バイオプリント」という、臓器や生体組織の作製も、期待されている分野の一つです。人間の目には見えず、光学顕微鏡でやっと見える細胞レベルの複雑なものでも、3Dプリンタなら容易に作製できるからです。
 例えば、体の中の尿を通す細管が病気やけがで傷ついた時に、バイオプリントで立体的な空洞のある管を作製して、代わりに体内に入れてつなぐ方法が考えられます。
 また3Dプリンタを用いて、様々な細胞やバイオマテリアルから構成される「細胞シート」を作製する研究も盛んです。これまで再生できない臓器が損傷した場合、リスクの高い移植治療に頼らざるを得ないケースがありました。このような「細胞シート」を貼る治療方法で、欠けた臓器組織の機能を回復できるようになれば、患者の負担は一気に軽くなります。
 一方で、人体に適合する素材(バイオマテリアル)の開発、細胞や臓器・毛細血管などの高精度設計など、3Dプリンタにおける課題はあります。一つ一つクリアしながら、再生医療や人工臓器といった次世代治療に向けて、力が注がれています。

未来型太陽電池の開発

 また、研究室では太陽電池を3Dプリンタでより薄く、またデザインや色を加えた形で製造する方法の研究も進めています。
 一般的な太陽電池は、屋根に取り付ける鏡のような銀色のシリコンタイプが主流です。研究室で開発中の「色素増感型」と呼ばれる太陽電池は、静電インクジェット法で、曲げることができる薄さに作れます。また、色や模様をプリントすることもできます。
 室内光でも発電するため、室内に壁紙のように「色素増感型」太陽電池を取り付けると、明かりをつけただけで、壁の太陽電池を通して充電・発電することができるようになります。地球に優しい循環型エネルギーとして、実用化が期待されています。

3Dプリンタで拓かれる未来

 話題になっているわりに、今まで3Dプリンタを家庭や身近な場所で見かけることはありませんでした。しかし、今回の取材を通して、実は身近な食品や工業製品、医療分野の舞台裏で使われ、研究が進んでいることがわかりました。
 一番驚いたのが、医療分野での研究開発内容です。高精度な電子顕微鏡でしか見えないような、ミクロの細胞レベルのものを3Dプリンタで再現できるようになれば、再生医療・臓器治療が著しく発展する可能性があります。難病でつらい思いをしている方々を救う道が拓かれるかもしれないことに、強く期待が持てました。
 また3Dプリンタで作られた、デザイン性が高くて薄い、使い勝手の良い太陽電池が、壁紙のように室内に取り付けられる未来予想図も、垣間見ることができました。天気に左右される太陽電池が、身近な空間の明かりでも、無駄なくエネルギーを生み出すとは! 地球を汚さないクリーンエネルギーの一つとして、将来が楽しみです。