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今月の話題情報の海を泳ぐ時代
~のみ込まれないために~

元 内閣府食品安全委員会 委員
放送ディレクター
上安平 洌子(かみやすひら きよこ)

 情報発信力が問われる時代です。今日ほど、情報を発信することにかけて、熱心な時代はないでしょう。
 一方で、情報を受け止める力が同じくらい強くなっているかというと…少し、心配な気がします。
 発信側と肩を並べる情報受信力を身に付けないと、知らないうちに相手の思うツボに、はまってしまうかもしれません。

見極めにくい情報

 情報が世の中にあふれている時代です。放送、新聞、雑誌などのマスメディア。それに、何よりもインターネットによって…。同じような顔をして並んで見える、どの情報を判断の基準とすればいいのでしょうか。
 情報がどのように作られているのか事例をご紹介し、私たちが情報を見極め、振り回されずに主体的に行動していくことについて、考えていきたいと思います。

◎偽情報サイト

 消費生活相談に寄せられた被害の一例です。ある時、儲け話を持ちかけられたAさん。最初は、おかしいと直感したものの、インターネットで調べていくうちに、話の信ぴょう性を保証する記事を掲載したサイトが出てきました。実はそのサイトは、詐欺グループが作ったもので、載っていた記事も偽情報だったにも関わらず、Aさんはサイトの情報を見てすっかり安心して話を信じ、騙されてしまいました。

◎インターネットのまとめサイト

 最近、インターネットの世界で人気を集めている、まとめサイト。
 話題やテーマごとに情報がまとめられています。短時間に手間をかけずに、調べることができるので、確かに便利ですが、危険な落し穴も潜んでいます。
 以前、医療情報系のまとめサイトが医学的な視点からの監修がなく、根拠が不明確な記事を掲載していたことなどが問題となり、非公開化されたという事件がありました。
 これは閲覧数の多い・少ないが広告収入に結びつくため、サイトの制作者は閲覧数を増やすことを最優先にしたとの報道が、後にありました。

◎番組のような広告

 テレビ番組の中でも「広告」と認識しにくいように制作されている番組が、数多くあります。その一つが広告を番組の中に組み込みながら、一つの情報として伝える方法です。旅番組のリポーターの紹介した工場が、実は番組のスポンサー企業ということは、よくあります。
 放送、新聞、雑誌、ネットで、一見すると公平中立な情報提供に見える企画が、実は提供企業名は出さないものの、実質的には広告ということは、案外多いのです。

情報の中身を見極めるために…

発信する立場によって、情報の中身は変わる

 放送の現場で仕事をしていた時、取材の始めにすることは、直接見聞きした人を探すことでした。伝聞ではなく、自分の眼で見て、耳で聞いたということは、ありのままの真実に近いと考えられています。しかし、これも「近い」だけで、真実の見え方は一つでない場合も多いのです。というのも、人は身を置く状況にいや応なく、影響を受けるからです。
 例えば、甲子園の高校野球の中継では、リポーターがそれぞれ両方の高校のアルプススタンド席(応援席)からリポートを入れます。スポーツ中継の本道からすると、どちらのチームにも偏ることのない応援姿勢が望まれるのですが、いざ中継してみると、一本の本塁打が一塁側では「打った!」となり、三塁側では「打たれた!」となって、どうしても自分がいる高校側の応援になってしまうのです。
 しかし、高校野球の場合は、むしろ臨場感があった方がおもしろいとなり、今ではアルプススタンド席からの中継は、公平中立を越えて精一杯応援しよう、ということになっています。

数字やデータも扱い方によって、見方が変わる

 通常、数字やデータは中立的な情報として扱われますが、これも誰が・どのように扱うかで、大きく変わります。
 以前、英国食品基準庁(FSA)が「ヒジキに無機ヒ素が77mg/kg含まれている。摂取を控えるように」と、英国民に対して勧告を出しました。
 数字そのものは実験方法に基づいて出された結果なので、消費者が心配するのも無理ありません。しかし、この数字は乾燥ヒジキでの数値です。無機ヒ素は水に溶け出す性質があるので、私達がヒジキを食べる際、通常の調理(ゆで戻し・ゆでこぼし)を行うことで、無機ヒ素は、8割~9割程度、除去できるそうです。
 通常の食生活における摂取で健康に悪影響が生じたことを明確に示すデータは現在のところなく、むしろバランスよく食品を食べて、健康の維持に努めることが重要と思われます。
 数字自体は正しくても、その背景を含めて考えなくては、誤解をする可能性があるのです。

時間をおいて考えよう

 情報に、すぐ飛びつかないことも大切です。
 以前、某県で「葉物野菜からダイオキシンが検出された」とテレビで報道され、それを見た人々が某県産のホウレンソウやネギを、買い控えました。あとで、この情報は事実誤認だったことが分かりましたが、生産者は大きな損害を被ってしまいました。風評被害が人々の間で話題に上るきっかけとなった事件なので、ご記憶の方も多いと思います。
 健康に関係があることは、すぐ行動に移したくなる気持ちは理解できます。ただし、報道されたからといって、情報にすぐ飛びつくのは危ない気がします。スクープ情報は「速く世に出したい」という気持ちが働くので、チェックが甘くなる場合もあるのです。時間が経つと人々もメディアも冷静さを取り戻し、違った角度から検討を始め、科学的な検証も行われます。
 情報に接したら、すぐに飛びつかず、落ち着いて推移を見守ることも必要です。

情報の見方

 情報に接したら、内容に入る前に必ずどこから出た情報なのか発信元を確かめましょう。例えば公的機関が発信元なら、基になっているデータや数字を直接つかんでいるので、信頼性が高いと言えます。個人的なもの、よくわからない発信元だったら、まずその発信元を調べることから始めましょう。
 そして、情報を発信する側がどういう意図を込めて発信しているかを見抜くことが大切です。
 また、すべての情報は経過中、ということを意識して、慎重に、しかし柔軟に取捨選択をしていきましょう。
 科学や技術などは日進月歩です。数年前の常識が通用しなくなっていることもあります。新たな発見や研究成果を吸収する姿勢は持ちつつ、しかしこれもまた、他に取って代わられることもある、という心の準備は必要です。
 そして「異なった意見や主張は常にある」「視点が異なれば違って見える」ことを念頭に置いて、情報と自分との距離を置くことが大切です。物事の裏を見抜くような気持ちを持って、情報に接していきたいものです。
 情報の大海にゆったりと安心して漂っていられるなら、どんなに楽だろうと思います。しかし、「フェイク(偽)ニュース」が横行しているご時世です。情報発信者に一歩も譲らない対応力を身に着けるために、私たちも相当な対策が必要な時代になったと言えそうです。

「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」

物理学者・随筆家 寺田寅彦「小爆発二件」より

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